• 出来事 土, 11月 10, 2012 コメントは受け付けていません。

    最近、スーパー秘書と呼ばれる女性の話を聞きました。
    彼女は、上司が「お茶が飲みたいな」と思った瞬間にお茶を持ってくることもあるそうです。
    周りからはエスパーか?とびっくりしますが、超能力でもなんでもないそうです。

    彼女は自分は天才ではなく、物事のちょっとした変化に気づくのが得意なだけだといいます。
    何事も「兆し」や「前兆」があるそうです。

    上司はのどが渇いた時に、ネクタイをちょっとひねる癖があるそうで、それを見てお茶を出しただけだとのこと。
    人間観察し、癖を見抜き、パターンを読み解くともいえるようです。

    簡単な例であれば、関西人は阪神の勝敗に機嫌に影響する人が割と多いのです。
    仕事と趣味は分けたらいいのになと思ってしまいますが、本人もわかっちゃいるけど顔に出てしまうようです。
    阪神が負けた時には、相談内容や報告にも気をつけるのがパターンを読み解くことにあたるそうです。

    ベテランの職人やプロの相場師も、同じように兆しをキャッチして動くといいます。
    「なんかおかしいぞ」「いつもと違うぞ」というパターンの変化を、小さな兆しのうちに気づくのです。
    人より早く、大きな事故に繋がる前兆に気づくそうです。

    古くは上杉謙信などの戦国武将も、勘働きが冴えて敵の罠やおとりにすぐに気づいたといいます。
    リーダーである上杉謙信のおかげで、上杉軍は負傷する兵が少なかったといいます。

    やっぱり一流と呼ばれる人たちは違うな、と思いました。
    私のような凡人は「なんかおかしいな」という前兆に気づいていても、「たいしたことない」と見過ごしてしまったりします。
    その結果、大きなミスやトラブルに繋がったりしてしまうのです。

    「注意してくれたらわかる」「言ってくれないとわからない」と心中で文句を言っていることだってあります。
    本来ならば「気がつかずに、大変申し訳ございません」というべきだっただろうに・・。
    こういう時に、人間としての出来が表れてしまうようです。

    易経という中国の古典に「気を知るはこれ、神なり」という言葉があります。
    前兆に気づいて、機先を制することを褒め称えた言葉でしょう。

    前述のスーパー秘書は、準備・段取りをする時に謙虚な心で、周りを注意深く観察していると良いと言っていました。
    意識を向け、関心をもたずにボッーとしていると、何も気付けないし、学べません。

    いろんなところにアンテナを張ってこそ、気づけることがたくさんあるそうです。
    せめて気が利かなった時に、素直に謝れるレベルになれるように努力し、少しずつ気の利く優秀な社員になりたいと思います。

  • 出来事 金, 11月 9, 2012 コメントは受け付けていません。

    車椅子+難病というハンディキャップを抱えながら、再就職が決まりました。
    今は短時間勤務で慣らしており、慣れてきたら東京本社での勤務になるということです。
    昔から上京したいという希望を持っていた私は、東京に配属される可能性がある職場を探していました。

    東京は私が抱えている難病の専門医がいますし、障害者に関するサービスも充実しています。
    例えば、関東には全国でも珍しい障害者用の自動車学校があるのです。
    今の仕事でお金を貯めて、免許を取得しに行こうと思っています。

    手足が不自由な障害者にとって、車は移動手段として欠かせません。
    自家用車がない我が家は、私の移動手段として介護タクシーを使っているのでお金が馬鹿になりません。
    免許を取れば、行動範囲が広がるのでぜひ取得したいです。

    また仕事に関しても、メリットがあります。
    障害者雇用の実績のある会社は、東京本社での実績ということがあるのです。
    ハンディキャップを持ちながら、着実にステップアップするには本社が一番なのです。

    私が入社した会社も、本社で障害者雇用のノウハウが蓄積されているようです。
    同じ障害を持った先輩社員がたくさんいるとのことで、お会いするのが楽しみです。
    また本社での勤務は、お給料が高くなる・・・との嬉しい情報も・・!

    私は関西でも物価の安い地域にすんでいるので、物価の高い東京への転居が不安でした。
    給料が上がるのであれば、ひと安心です。

    再就職して、仕事にも随分慣れてきました。
    最初は畑違いの業界での仕事に慣れることができるか、不安でした。
    丁寧に指導してもらった結果、今はミスなくこなせるようになりました。

    障害者雇用実績があるせいか、障害者を特別扱いしたり、差別することがありません。
    おとなしい性格の方が集まっている職場なので、ストレスなく穏やかに勤務できます。
    会社の社風なのか無口な人が多いのですが、エレベーターなどでさりげなくサポートしてくれる方が多いのが嬉しいです。

    生活を切り詰めて貯金に回していますが、車でどこでも行けると思えば節約できます。
    何より職があることで、障害があっても社会の役に立てている実感が嬉しいです。

  • 出来事 木, 11月 8, 2012 コメントは受け付けていません。

    世界には数多くの素晴らしい本や文学作品が、数多く存在します。
    もっとも売れた作品のひとつが、ハリー・ポッターシリーズでしょう。

    シングルマザーであった著者が、貧困にあえぎながら描き上げた作品だと言われています。
    書くことだけは好きだったため、コーヒー1杯だけでカフェで粘ってストーリーを作り上げたそうです。
    今や世界中で三億部以上売り上げる、大ベストセラーとなっています。

    しかし、一時ブームになったハリー・ポッターもかつてほどの人気はありません。
    シリーズが完結し、映画も終わったからでしょう。

    ヒットソングのように、ブームがすぎれば過去のものになってしまうのが現実です。
    長編物語を書くストーリー・テラーの弱点でもあります。

    長く読み継がれる文学作品は、世界でも数すくないでしょう。
    「星の王子さま」は長く愛されている作品です。
    詩的情緒にあふれる短いストーリーと、作者自身の味のあるイラストが愛される理由だと言われています。

    またアンデルセン童話集も、短いストーリーですが、読み継がれています。
    子供たちに愛され続けている作品でしょう。

    しかし、「もっとも読み継がれている本はなにか?」という特集を見ました。
    ハリー・ポッターやアンデルセン童話を越えるものがあるのかな?と思いました。
    答えを聞いて、納得してしまいました。

    読み継がれている「本」という意味では物語を越えるものは、言行録という分野だそうです。
    言行録なんてひとつも思い浮かばなかったのですが「論語」と聞いて納得です。

    論語は、孔子の言葉を集めたものです。
    広い意味では新約聖書も、イエス・キリストの言葉を集めた言行録にあたります。

    言行録は短い言葉の中に、人生で役立つ名言が詰まっています。
    私は「人知らずして恨みず」という論語の言葉が好きです。
    「人が自分のことをわかってくれないといって、嘆くな」と訳せるでしょうか?

    28歳の時に大病を患い、闘病生活で苦しんでいた時がありました。
    身体のしんどさから神経質になり、人が理解してくれないと愚痴ばかりだったのです。
    論語の言葉を時々つぶやいて、反省したものです。

    言行録に書かれているのは、偉人たちが人生の中で見出した言葉です。
    人生の指針にもなり、正しい方向に導いてくれます。

    決してストーリー・テラーを批判するわけではありません。
    最近では論語などが評価されずに、ハリー・ポッターなどの長編ストーリーが人気があります。

    しかし、何千年も読み継がれている言行録は、人生の本質を言葉にしています。
    物語も良いですが、古臭いと評価されがちな偉人の言行録を再評価してもよいかもしれません。

  • 出来事 木, 11月 8, 2012 コメントは受け付けていません。

    付き合ってる彼氏のご両親といえば、会うと緊張する存在かもしれません。
    しかし、私の場合、実の両親のように仲の良い関係が続いています。
    彼からは「俺より親父と仲がいい」とびっくりされています。

    彼のお父様は、実は昭和の頑固親父という性格がぴったりの男性なんです。
    プライドも高く、気難しい性格だと聞いていたので、最初は会うのがドキドキでした。

    案の定、最初にお会いした時は目すら合わせてもらえませんでした。
    彼、彼のお母さんもオロオロしながら、「お父さん、もっと愛想よくして」と諭すぐらいでした。
    私もこれは仲良くなるなんて難しいとあきらめていました。

    ダメ元でお酒好きのお父さんに、地元九州の地酒をプレゼントしたのです。
    お酒を見た途端、お父さんが急に顔色が変わったのでびっくり。
    「あんた、九州の生まれか!どこや?」と聞かれたのです。

    実はお父さんも私も九州の出身で、同郷だったのです。
    途端ににこにこ笑顔になり、故郷の話で大盛り上がりになりました。
    お父さんは故郷を泣く泣く離れたようで、もともと郷土愛が非常に強い人なのです。

    非常に喜んでくださり、とっておきの学生時代のアルバムを見せてくださるほどでした。
    帰る時は「もう帰るんか?泊まっていったら」と言ってくださったほどで・・。

    実は私は難病によって、車椅子を使っているので「息子の彼女」として受け入れてくださらないと思っていたのです。
    最初、目を合わせてくれないのは車椅子のせいだと思っていました。

    そのことをお聞きすると「大阪出身の嫁の前で大きい声で言えんけど、大阪の女は好かん」という理由だけだったようです。
    心のなかでは、息子の嫁は同郷から見合いで決めたいと思っていたぐらいだったようです。
    けれども最近は見合いは流行らないから、恋愛結婚になるだろうと残念に思っていたようです。

    車椅子のことも全く気にならないようで、温かさに泣きたくなるほどでした。
    彼氏と彼氏の妹もポカンとしていて、あんな親父はじめてだと目を丸くしていました。
    私自身も同郷の力はここまで大きいのかとびっくりしました。

    私は父を幼い頃に亡くしているので、実の父親にように感じてしまいます。
    ご自宅でも「彼女は連れてこんのか」と催促してくださるほどで、嬉しいやら恥ずかしいやらで。
    素晴らしいご縁に感謝しています。

  • 出来事 水, 11月 7, 2012 コメントは受け付けていません。

    見知らぬ人から優しさをいただくことがあります。
    私は学生時代から毎月3000円ずつ、カンボジアの難民に寄付を送り続けていました。
    しかし、自分が病気のために車椅子生活になり、貯金を食いつぶして暮らしていました。

    度重なる入院生活と医療費で、貯金が付きてしまいました。
    自分自身の生活すらままならなくなり、毎月3000円という寄付が苦しくなってきました。
    最初は止めようと思ったのですが、熱しやすく冷めやすい性格の私が唯一続けていることです。

    すでに生活の一部になっていたので、止めることに抵抗がありました。
    そうはいっても、自分自身の生活を立て直すのが先だと思い、寄付金をストップする電話をかけました。
    ストップする事情を話したところ、スタッフが詳しく私の話を聴いてくださったのです。

    「闘病しながら、頑張っておられたんですね」
    「そんな中で寄付してくださって、ありがとうございます」
    温かい言葉をたくさんもらいました。

    私は寄付金をストップするなんて、単なる事務手続きで終わるだろうと思っていました。
    見知らぬ人から話を聴いてもらえて、思いやりのある言葉に涙が出てきました。
    こんな人との繋がりが温かいと思ったのは、久しぶりです。

    闘病生活の中では知らない人から、嫌な思いをしたことの方が多かったからです。
    道を慣れない車椅子の操作で通れば、自転車にぶつかられたり、舌打ちされたこともありました。
    邪魔にならないように、広い道の端を通るようにしたにも関わらず、です。

    「子育てしている私の苦労に比べたら、あなたの苦労はたいしたことない」と失笑されたこともありました。
    苦労は比較するものではないのに、あなたは私に比べて努力が足りないとも言われてしまったようで・・。
    随分と落ち込みました。

    同じく手足に障害を持った友人が人間不信になっている理由が、障害を負ったばかりの時はわかりませんでした。
    悲しいことに今なら、彼らの気持ちが理解できます。

    そんな中、はじめて温かい言葉をもらえて、心から嬉しく温かい気分になりました。
    また闘病生活を耐えて、頑張ってきたことを労ってくださったのも、気持ちが楽になりました。
    何気ない人の言葉で、傷ついたり、嬉しくなったり、人の言葉は諸刃の剣だなと感じました。

  • 出来事 月, 11月 5, 2012 コメントは受け付けていません。

    一日作さざれば一日食らわずという言葉があります。
    百丈禅師という、禅僧の言葉です。

    日本人の勤勉な労働観に繋がる言葉でしょう。
    日本人は「働かせてもらっている」「仕事ができていることが有難い!」という感覚を持つ人が多いと言われています。

    仕事というものを通して、毎日に張り合いが出てくるという人もいます。
    毎日毎日休まず、仕事ができていることそのものが生きがいなのです。
    日本人独特の感覚だと思います。

    欧米では労働は苦役であり、レジャーは苦役からの解放という感覚です。
    仕事そのものを楽しんでしまう姿勢は、ワーカホリックとして敬遠されがちです。
    最近ではこの日本人の労働観が、日本の戦後の経済発展をもたらしたと注目されています。

    20代の若い世代にも、この労働観は脈々と受け継がれています。
    私の知り合いの料理人は、バタバタとして忙しい時間が好きだと話していました。

    忙しい時間であっても、常に美味しい料理を出して、お客様をお待たせしない。
    良い料理を出せて、お客様の笑顔を見るのがたまらないと語っていました。
    この考えは禅に通じるところがあるのです。

    一日作さざればの禅僧の「作務」を表します。
    実はこの作務のなかのひとつに、お料理を作る修行があるそうです。
    禅僧は早朝から大きな鍋を混ぜて、汗だくになりながら料理を作ります。
    過酷な調理場の環境の中で、いかにいい味を出すかが修行なんだそうです。

    また、お寺の総務も作務のひとつです。
    静かに座禅でも組みたいのに、お客様の接待や電話対応・・。
    帳簿の整理をしながら、薪割りをする。
    いろいろなことを同時並行でバタバタ進めていかなければならないそうです。

    一日作さざれば一日食らわずとは、一日作務(仕事)を一生懸命しないとご飯も食べれないという意味だそうです。
    一日忙しい作務を通してはじめて、自分自身が磨かれるという意味も含んでいるそうです。
    座禅よりも、生活を通した修行の方が成長するんだという生活修行を大切にする禅僧らしい言葉です。

    それぞれの職業や仕事を通して、日々練磨していく毎日こそが、禅にも通じる物事の真髄だと百丈禅師は教えてくれています。
    黙々と仕事をこなす平凡な日々こそが、本当に有難いことだと思います。
    仕事が嫌になる時もありますが、一生懸命目前の仕事に取り組んでいきたいと思っています。

  • 出来事 日, 11月 4, 2012 コメントは受け付けていません。

    現在、語学の勉強を再開しています。
    語学は毎日、継続して続けるのが良いとされています。

    しかし、続けているうちに必ずと言っていいほど、次のステップに進む前には葛藤があります。
    やることが多く、上を目指せばきりがないのが語学です。

    語学を独学で勉強しているので、試験を定期的に受けるようにしています。
    仕事でもなんでもそうですが、納期や試験がないと人は努力しません。

    試験まで寝るのも、食べるのも忘れて必死に勉強していきます。
    余裕を持って勉強していたらよいのですが、少しでもいい点を取ろうと試験日近くなって必死に詰め込むのです。

    最初は試験なんて辛いから嫌だ、自分の好きなように趣味としてやっていようと思いました。
    しかし、そのような心持ではまったく点数が伸びなかったんです。
    試験があることではじめて、語学能力が磨かれると実感しました。

    仕事をしながらも、語学を磨くことを第一にずっと続けていきたいと思っています。
    今まで体調や仕事を口実に、勉強したり、しなかったりと間が空いてしまっていました。

    間が開くと、怠け心で満たされて努力することを忘れてしまいます。
    今度こそ、間を空けずに、コンスタントに勉強を積み重ねていきたいと思います。

    「大学」に「日に新た、また日に新た、日に新たと」という言葉があります。
    語学でも書でも、結局は毎日の積み重ねでしかないのです。

    ずっと勉強を続けていくと「こんな勉強してなんになる」と葛藤も出てきます。
    試験の点数が低空飛行で、最悪の点数ばかりだったからです。
    もちろん努力不足もありますが、勉強そのものが嫌になっていました。

    嫌になって投げ出してしまったことで、結局語学の勉強が進まなかったのです。
    できるかできないか、いい点数取れるかわからないけど、やり通す!
    一度決めたことは、少しずつでもよいから継続する姿勢を大切にしたいです。

    語学勉強は修行だと思って、精一杯努力するうちに道が開けてくるはずです。
    語学勉強は○月は~点、△月は~点と、頑張りが数値になって表れてきます。

    たとえ嫌であっても、試験の期日まで必死に勉強するという日々を始めてから、徐々に点数が伸びています。
    試験が語学の能力を磨くのに、一役買ったということでしょう。
    階段のように小さなステップをゆっくり登りながら、上を目指していくのが語学なのだと思いました。

    一芸に通じるものは万芸に通じるという言葉があります。
    たとえ気分が乗らなくても、コンスタントに物事を継続する力が一芸に秀でた人にはあるはずです。
    その継続力が、あらゆる物事に応用できるのでしょう。

    今年「やり通す」覚悟を決めて、語学の勉強に取り組んでいきたいです。

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